みんなでいきいきサロン8月8日「伊達政宗の残した夢〜仙台城」

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    講師の加藤智仁さんは仙台市教育局文化財課勤務で小学校教諭の経験がおありで、

    明瞭な声で分かりやすくお話下さり皆熱心に傾聴しました。カラー写真入りの美しい

    レジメも用意されて楽しく郷土の歴史を学ぶ時間となりました。

     伊達政宗の生涯を振り返ると、23歳(1589年)で蘆名氏を破り南奥羽を統一した

    ものの時の権力者たちに翻弄され様々な辛酸をなめた。やがて長年の夢である仙台の

    城下町と仙台城建設は35歳(1601年)になってから着手した。

     講師によれば仙台城の特色は3つある。本丸は、東は断崖・南は竜ノ口渓谷・西

    は青葉山に囲まれた「山城」で天然の要害だった。(2)仙台城の範囲は本丸・二の

    丸・三の丸が主体である。(3)仙台城の石垣には三種類の組み方がある。清水門石

    垣は野面積み(自然石をほとんど加工せず積み上げた石垣)で、本丸北壁石垣は「切

    り込みハギ」で積まれている。この違いには興味があり是非目で確認したいと思った。

    仙台城には敵の攻撃を阻むために様々の仕掛けが施されている。本丸までの登城路に

    は大手門ルートと巽門ルートとルートが2つある。また仙台城の本丸大広間の大き

    さや豪壮さは仙台城の象徴といえる。政宗は奈良出身の職人に屋敷を与え、藩の酒造

    りに当たらせた。これは発掘調査の結果屋敷跡が発見されている。

     次に城下町つくりについては、城下町の名残として、地名に北四番丁・名掛丁等の

    「丁」や国分町・鍛治町等の「町」のつく地名が現存している。仙台城下の概略図を

    調べると、町名によって侍屋敷・足軽屋敷・寺屋敷・町人屋敷・職人屋敷の跡が推定

    できる。また江戸時代から残る城下町特有の道「かぎの手」も判別されている。

     政宗の晩年の城としては、公式行事では仙台城が、日常の居城としては若林城が

    使われていた。しかし彼の死後、若林城は廃城となり建物は二の丸へ移築された。

    お話を聞き終えて、かつての名君・正宗の豪壮な仙台城が、現在その姿を見られな

    い事は誠に残念であるけれど、彼の偉業は今後も語り継がれてゆくことを確信した。

    Y.K

     


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      • 2019.08.20 Tuesday
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